川が凍る!? 凍った川の上を歩く

もうすっかり春… さて、今期厳冬期を振り返って。

記録的とされる大寒波の襲来で、不思議な、まさに自然の妙を体験できた。

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まずここ、990北の渓谷。川( 沢 )の結氷に注目。凍りついた川の上を歩けるほどに冷え込んだ。

( 流れている水が、ゆっくりと、流速により凍るので透明度が高い )

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で、ここはわりと北、まあこんなこともあるなぁと。それにしても、この時はみごとに一面の氷だった。

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びっくりしたのは505の川( 沢 )。ここまで凍るとは… わかりづらいが、奥の方、505滝の釜の1mほど手前まで結氷。

( 右奥、自転車が置いてある位置、その先まで氷の上を歩けた。自転車押しながらテクテクと…Hmm )

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真ん真ん中で飛び跳ねたりもしてみたが、びくともしない氷の厚さ。ガチガチに凍ってた。

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505沢、別の日。この時も凍結。前回よりも水位が低いというか、だいぶ氷が痩せていた。

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これは3回目。実は今期厳冬期、凍りついた505沢には3度行った。

凍った川の上を歩くという体験があまりにも不思議でテンションMAX! それで三度も訪れたのだ。

もっとも厚い氷が張ったのは、最初の大寒波の早朝( ほぼ夜明けの時間帯 )。2回目、3回目も氷の上を歩けたが、初回ほどではない。

流れのある沢が凍るのは奥山ではわりと見られる事象だが、23区寄りの、最寄駅から2km圏内の沢がここまで凍るのは異常。

( そもそも厳冬期の沢に入るのはいかれてるし、一般的には知られていないが、たとえ都内でも沢の上を歩けるほど凍ることはあるものだ。ただそれが、都心近郊で手軽に体験できるのはまれ )

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氷の上、足元、真下を流れる水が見える、その不思議感。これは体験してみないとわからない( 写真では伝わらないだろう )。

非日常的な、摩訶不思議な厳冬期だった。

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不動ナギと不動滝

この数年探していた場所、伝承に残る幻の滝。

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パスハンはここまで、デポ。入渓。

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こんな淵も連続、淵はそこそこ深いが、他は平均膝くらいの深さだろうか。高巻くのは無理だと思う、あぶない、潔く入ろう。

( ここで腰上はあるようだ。なんとか高巻いたが、ゴルジュとまではいかないが切り立った岩壁で逃げ場がなく、へつるのも厳しい )

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でた! 不動ナギ! そして不動滝。記録にもあるように御神体は不在( 損傷がひどく、別の場所に移されたそうだ )。

わかりづらいが、正面、2m弱の高さに下段、その上に3mほどだろうか? 中段。さらにその上、上段がよくわからない。

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斜め向かいの岩によじ登りズームしてみた。奥まって、段々になっているようだが…Hmm とにかく不明。

で、こ・こ・は、迷いに迷ったぁー!!! 昨年、他の方面の沢を探したが発見できずにいた。

今期はこの方面で… が、最初の沢で大当たり! しらみつぶしに探す予定で早朝から気合い入れたんで、思わず気が抜けた。

迷った原因は山名。この滝はA山に源頭があるとされていた。当然、A山の沢を目指すが…

古い文献でAとされる方角には、現在B山があり、ピークにはBの手製プレートまで置かれてる。

じゃA山ってどこ? まずはA山を探さなきゃ。そんでB山付近の、無銘ピークから派生する沢筋を捜索。結果、違和感を抱く。

おかしいなぁ… 根本的になんか違う? 再び郷土史を洗いなおすが、やはりA山にあると記されてる。A山にあるのは確かだ。

ところでそもそもB山ってなに? もしかしてA山=B山? B山は独立峰ではなく、Aとされる山塊の中にBというピークがあるのでは?

B山として知られている山塊は、それも誤りではないのだろうが、麓の、C集落側から見上げると、ここ全体はA山なのだ。

のっけからB山を除いていたんで見つからないわなぁ…Hmm しかしBなる山名はどっから出できたん? B否定ではなく、エビデンスが知りたい。

また、思い違いかもしれないが、現在A山として知られているらしきピークにも、たしかA山のブレートがあったような? 今度確かめてみる。

現在、不動ナギに行くには沢を遡るしかない。昔存在したとされる参道はすでに消滅。地元の方にも話をうかがったが、不動ナギを知らない、聞いたことがないとのことだった。

それと、不動ナギの”ナギ”は崖の意味。特にここのような、断崖絶壁が鋭くえぐれたような場所を指すそうだ。

ところで… この後に再訪、実は2度行った。もう行くことはないだろう。否、行きたいのは山々だが、アプローチが厳しいんだ。

また信仰の場でもあり、ちょっとここはそっとしておきたい( 地元の方が率先して公開するまで眠らせておく )。

上段が見たいが、源頭側から降下するしかないだろう。下から、正面側を登るのは、はばかられる。

鞍骨ノ滝( 鞍骨沢 )

鞍骨沢遡行。以前、ヤブで撤退した沢。その時はパスハン装備、今回は沢装備で再トライ。

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パスハンはデポ、入渓。この時は深いところで膝上くらいだろうか。

脇に仕事道( 散策路? )の名残のような踏み跡ありだが、寸断、崩壊、そして消滅。高巻くのはあぶない、潔く入渓するほうが安全だろう。

( デポの適地探しにも少し苦労した。両岸に逃げ場がない、とにかくグサグサ! それもあり前回は憂き目に… そもそも実は沢を詰める尾根越えの古い道があるのではと期待していたが、こりゃわかんねぇなぁ…)

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核心部となる滝までの時間は… 約1時間? 逍遥なんで、あまり当てにならないが。

ミニサイズの小滝と瀞はあっても、鞍骨ノ滝を登らないのであれば特に難所はないようだ。

ヤブは冬枯れ、目立つボサもなく、たまに倒木がとおせんぼするが、スタスタと沢を進むと辿り着く感覚。

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滝が見えてくる。なにやら高く見える滝で、遥か上を見上げる感じ。けっこうな高さがあるのでは?

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落差は不明、上段の様子も不明。3段と思われるが、もしかすると4段?

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これは中段になるのだろうか? 約10m。

ところでクラボネは、クラは断崖絶壁の崖のある山もしくは谷の意味( 定説 )、ボネが不明で、これはホキが転じたのでは?

ホキはえぐれたような壁面の意味で、それであればこの滝の地形と一致するので、いかがだろう?

クラホキがなまりクラホネになり、そしてクラボネになったのでは?

( 日本語とは音であり、古語では漢字はあまり関係ない。後年に当て字されたものが多い )

しかし高尾山近くで、これほどスケール感のある滝もめずらしい。裏高尾では、おそらく最も落差のある滝ではないだろうか?

追記。この時、ロープ持って行かなかったことあり( 降りれなくなるとヤバいんで )、中段の釜を確認して戻ったが、せっかく行ったんだから登っとけば…とか、写真整理してて思った。

これ毎回思うが、その時は、あぁいいなぁ…と静観してしまい、こまかなことにこだわらず満足してる。帰宅後、思い返してみて欲が出でくるんだ。

それと、わりとあっさり沢に入ってしまう方だが、希少種もあるし、誤って草木を踏みつけたくないという生態系への配慮もあって( それを防ぐには沢の中を進むのが適切ではないだろうか )。

北ルート

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_林道、北側。ここのみを見れば極上のトレイル、が… 進むにつれ…

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ヤブ! ヤブ! ヤブ! しかしこれでもましなほう( かなりまし。冬枯れでこれなんで、春-秋は近づくのも無理。それがわかっていたので突入したが、普通これ見たら撤退か? )。

ルートは単純、アクセスも容易。いつでも行けるということで後回しにしてた峠道だが、いつのまにやら道が崩落( 台風の影響 )、それでさらに後回しに。

今期、厳冬期の内に越えておこうと思い、今回のアタック。例年、この時期はもう少し奥の山に入るが、まだ残雪の影響があるため、ここはすでに雪が消えたであろうという予測もあった。

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取り付き。ヤブ、岩、そしてグサグサの斜面となんでもあり。薄い踏み跡はあるが仕事道と獣道が交差するため、あまり当てにならない。

慎重にルートファインデング( ちなみにこのルートは明治40年の地形図に記載されてもいる )。とにかく読図!!!

( 古道のパスハンティングは、徒歩の低山バリとはまた違うシビアな面があり、それなりに慎重を期している。実はこの時、自転車デポで数回登り返してもいる。パスハンで行けんのか見極める必要がある )

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尾根で1本。ここまでが難所。このあたりではガスが晴れていた。白ペンキ見切れるが、山仕事用のマーカーでルートとは無関係。

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ひゃー! _峠! 大休憩! やっぱパスハンは面白い!

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こっから出てきた。一見、グサグサの急斜面とヤブだが、最初のヤブっほいところを通過すると薄い踏み跡あり。峠でまたガスが濃くなるが、核心部ともなる急登区間は晴れていた。それが救いだったかも?

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峠を越えて南側に下る。この先は散策路、景色を眺めつつのんびり下山。

この峠は極端、北側の急登は写真を撮る余裕もないほどヒイヒイ言わされるが、南側は散歩コース。

今回これで帰宅だが、パスハンティングではピークを踏むことはほぼないかなぁ? ピークハント云々ではなく、長年パスハンつづけてると、自然とそうなるもんだと思う。

郷土史と古い地図を頼りに読図で古道を追うのは、それだけで十分楽しめる。もちろん古道がピークを越えればピークを踏むし、好奇心から山頂に上がることも。

とにかくピークと新しい登山道は、まあどうでもいいわけではないが、あまり意識しなくなるようです(:

( また、パスハンターであっても、峠コレクターではない。一つでもいいから、ここいいなぁ…とつくづく思える峠とめぐりあえれば、それでいいではないか )

金剛の滝と今熊山

金剛の滝とは? 約4メートルの雌滝と、約18メートルの雄滝、この二つの滝が核心部であるが、さらに上側( 源頭付近 )にも滝がある。

今熊山の北裏にあるゴルジュ的地形の奥、閉ざされた谷間に雌滝と雄滝があり、それでいてアクセスが容易なためわりと手軽に異界体験が可能。

金剛の滝の特徴は、その特異な地形に。滝は逆川( サカ )にかかる、北西に坂沢川( サカ )、南東に川口川があり、坂沢川と川口川の対角線上の中心が金剛の滝。

逆川は坂沢川に、坂沢川は刈寄川に、そして最終的に秋川へとつながる。反対側、川口川は浅川へとつながる。

単純に考えると、逆川は秋川の源流域。ところが昔は違った、そもそも逆川は川口川へとつながり、つまり浅川の源流域だった。

長年の浸食で谷が形成され、地形が変わり、秋川側にひっぱられてしまったのだ。もちろん( 流れがあるということは )浸食は現在もつづいてる。

その最前線、まさに今( 太古からの自然作用で )谷が削られている現場が金剛の滝になる。

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時期は、一番人気は、紅葉期に古刹広徳寺の大銀杏との組み合わせ。

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滝に限ると、やはり雨期が最適。これは雨期の姿、このくらいの水量になると見応えがあるようです。

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そして厳冬期の雪化粧された姿も。これは大寒波の時で、氷瀑とは言い難いが、金剛の滝がここまで凍るのはまれではないでしょうか。

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源頭付近。この時は完全に凍結していた。

滝の行き方は主に3通り。まず広徳寺から日向峰通りを越えるルート、畳ヶ原から今熊山の参道を登るルート、そして刈寄林道から坂沢林道を詰めるルート。

サイクリング車では林道を詰めるのが一般的と思われるが、担ぎと渡渉あり。初級の上か中級入門コース?

( 広徳寺側と今熊山側には道標あり。林道側にはないが、踏み跡は明確。ただ作業道が交差するため地図は確認で。というか、地図とコンパスなしに山に入るとか、どうかしてる )

いずれのルートも低山逍遥を堪能できるのと、付近の主要な登山道は古道の名残であり、歴史散歩にも最適、滝のみでなく神社仏閣が好きな方におすすめ。

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今熊山の山頂は展望あり( ベンチとテーブルも設置 )、山頂の社は1999年に再建されたもの。1942年焼失、1944年に仮の社が立てられた。

行くとわかるが、現在の本殿の前に空き地がある。そこは拝殿の焼け跡。火災の原因は「ハイカーの火の不始末」。

( それと、少し手前に稲荷の社があるが、あれは古いそうだ、当時の原型を留めているので必見。火災を免れた稲荷でもあり縁起も良いのではないだろうか )

荒れることもないであろうと思い紹介してるので、林道はともかく、他は乗車するような場ではありませんのでよろしくお願いします。

ついでに、オーバーユースに起因する低山問題は、その一つは、トレランとMTBなど個々のジャンルより( 還元主義的な見方ではなく )、山行者個個の資質と、大多数の団体による踏み荒らしではないだろうか。

( たとえは初級バリのマイナールートに、6人以上のパーティーはいかがなものか? それを引率するガイド役も、ガイドとしての適正を疑うざるを得ない。また単独でも生態系への配慮が問われるし、それにはまず、その土地の生い立ちを学ぶ必要があるだろう )

今熊山公式サイト: 小峰ビジターセンター

伝説の谷

あの淵に。雪化粧された姿が見たかった。

崖を降下し、遡行。もしかすると冬枯れで、入渓は避けられるかと淡い期待を抱くが… そこそこあるわなぁ…Hmm

潔く入渓、ただ、膝までの簡易ウェーダーで行けるとこまで。さすがに零下の沢では泳ぎたくない。

( もちろん寒いことは寒いんですが、先日のくらかけの滝に比べればいくぶんまし。あの沢は冷えた )

ズンズン進む( 秘密の場所なので画像なし。こういうところはそっとしておきたい。わかる方だけわかればいい )。

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ゴルジュ。ここまで。ここからグッと深くなる、この淵は足がつかない。へつり、高巻きも無理。反対側、源頭側から降りても、やはり足のつかない深い淵が。

とにかく簡単には近づけない、人を寄せ付けない谷なのだ。大昔はルートが存在したようだが、完全に崩壊、跡形もない。

( 人を寄せ付けないと例えても、沢登りとしては初級では? いわば忘れられた沢でもあり、沢ヤの方も興味を示さないような地味な渓谷になるだろう )

神話にも登場する谷で、この奥のとある場所で儀式が執り行われていた。神話の中で語られる祭壇のような石が残されており、そのような具体的なシンボルが現存する点が稀少。

( それを発見した時、アッと思った、ゾクゾクした、ほんとにあるんだなぁと…)

しかしこのゴルジュ( 淵 )だけでも一見の価値が、見ていて飽きないのだ。例えようのない不思議なオーラがあり、引き込まれそう( 奥の核心部はさらに凄いんだけど )。

これは午前中の様子、午後から夕方にかけての姿も素晴らしい。まさに深山幽谷、神話が生まれるのも納得の景観美。

いくつかの神話が伝えられているが、いわゆる「淵に斧を落し…」、すると神が現れたという伝承もある( 淵と斧はおなじみの、日本各地に残されている寓話 )。

で、雪景色は、ちょっとタイミングがズレたかなぁ? でもおそらくベストなタイミングの時はくらかけの滝が見れたので、それはそれでよかったかと。

あと、厳冬期の内に越えたい峠があるのだが、このところの偵察で、 凍結した残雪でおおわれた区間が予想以上に多いと感じた。パスハンではあぶないんで、それもあり今回は沢歩きと淵見物に。

右衿の峠

古道の峠に行きたい… 否、毎回古道を辿り峠越えしてるのですが、このところ渓谷メインだったので、じっくりと峠で静観したい。では古道に、そして峠に。

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で、ここ、_峠。わりと知られた峠で、この方面で古道を追っている方であれば一度は訪れることになるはず( もちろんマニアックな話として )。

コル( 鞍部 )も見事だが、社もありがたい。いつ訪れても心が安らぐようで、ついつい長居してしまう( シーズン中、3回くらいは訪れる )。

この尾根筋では、いわゆる右衿に位置する峠、それが峠名の由来だという説が。さらに太古の昔、左衿右衿はつながっていて、そこには滝があり、その浸食により現在の地形( 切通し )が形成されたという学説も。

ここの社は1600年代に再建されたようだが( 灯籠には天明元の年号が )、遡ると、およそ1000年以上の歴史があるそうだ( さらに遡ると、縄文中期の遺跡も発掘されており、紀元前2500年前後に集落が形成されたという気の遠くなるような歴史が )。

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残雪の中、古道を進む、峠道を下る。この峠道は、現在の新道が完成する1920年まで八王子最深部では重要な道中の一つだった。

( ちなみに、道中とは、山の中の道という意味 )

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地蔵沢。このあたりは低山バリの起点としても面白い、が、あまり歩かれていないようだ( 知られていない? )。さらに古道はつづくが、今回はここでエスケープ。

( 見切れないが、地蔵右手、その先が発掘現場 )

林道で別のエリアに移動。北方面の林道の様子が知りたかったのと、700m圏の残雪具合も偵察したかった。

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取り付き。あの稜線を目指す、そこにも古道が通じてる。ドライなのがわかるだろうか。ここまで林道で登り、もっと上まで林道で詰められるが、途中残雪による凍結が連続、この先もかと思うと嫌になってしまい直登コース( 山道、古い連路 )に切り替えた。

( 担ぎは重量云々よりも慣れ、凍結した路面で押すよりもドライな地道で担ぐほうが気が楽 )

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尾根、無銘の峠だが現在も地元の方に活用されている。_山の北側、尾根で雪をわけているが、尾根道上はほぼ凍結。

( この尾根筋が、_川と_川の分水嶺 )

簡易アイゼンつけてさらに古道を辿るか迷ってると… 真横の茂みからライフル携えたハンターの方が登場。

なんでも狩猟の真っ最中で、獲物をここに追い込むとのこと。ハンターの方に指示を仰ぎ速やかに撤退。

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そしてまた林道。ここのみを見ればドライな路面だが、奥のほう、右側にパスハン置いてあるが、その先の下りコーナーはアイスバーン。

古道の雪の状態が掴めたので下山したが、凍りついた残雪におおわれたルートが多く、そこに取り付く林道にもまだ圧雪が目立つ。

ちょっとこれは2月-3月初頭のバリエーションは… 難しくなってきた。マイルドなルートに限定されてしまう…Hmm

ちなみに都内の狩猟期は2月末まで。また、以前にも少しふれたが、西部の低山には、一般の方が想像するより遥かに多くの数のKUMAがいる。