幻の絹の道

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_集落から_林道を詰める。上の方、紅葉の稜線、そこに旧_峠が。

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トラバース道、古い峠道に入る。廃道化が進んでいたが、ここ数年の再整備で歩きやすく、が、やはり超マイナールート、まれに好事家の方が訪れるくらいなのかなぁ?

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この沢を詰め、正面に見切れる稜線上の峠を越え、_集落に至るのが、いわば忘れられた絹の道。

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_峠( 旧_峠 )。ゆるやかなコル( 稜線上の鞍部 )の峠。

_と_の集落を直線的に結ぶと、このコルを越えるのが最短、またこの尾根筋は_と_との集落を結ぶ古い連路でも。つまり東西南北を結ぶ要( 交差点 )であり、それが、ここが峠とされた理由。

さて、都内西部、八王子では生糸の生産が盛んだった。明治-昭和初頭、最盛期には400近い機屋( ハタヤ )があったそうで、この400という数は大小取り混ぜてだと思う。

で、八王子方面で、生糸を運ぶ絹の道では鑓水-鶴間の街道が有名だが、それとは別に、養蚕・製糸業に従事される方が通勤のために山越えした道中がある。その山道の一つ、峠道がここ。

( 簡単に説明すると、小説「あゝ野麦峠」の八王子版、都内西部の製糸工史がここにある。日本の近代化を支えた峠道の一つでもあるのですが、もうそんな過去のいきさつを知る方も少ないでしょうね )

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峠から見下ろす。けっこうな急登。先に説明したように、_と_を結ぶ、当時、平均2時間の行程であったそうだ。現代的に3-4時間のコースタイムに相当すると思われるので、2時間は早い。

( たとえばマタギなど、昔の山人の記録を調べていて感じるのは、昔の山人はとにかく早いんですよ。生活がかかっているからでしょうか、想像を絶するスピードで長距離を移動していたようです。それとここ日中限定? 以前、日没まぎわに通過し、薄暗く、なんか怖くてちびりそうに )

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旧峠から、ひとまず_林道にエスケープ。まだ絹の道はつづくが、実は、登り側にも感じていた… ヤブ! それなりに引かれちゃって、それで_集落側は完全に冬枯れてから再トライに。

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そして717。いい! 717のみで十分かも? ここで一日潰すのも面白いのではないだろうか。

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717から古い連路で867。ここは867吹きだまり。やや日影だが、風を避けられるせいか冬場も暖か、穏やか、まったり大休憩。

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さらに_廃作業道、廃林道。このとおり、見事にヤブ!ヤブ!ヤブ! 予測していたが、やっぱダメじゃん!

867付近のパスハンでは、この廃林道が使えると便利なんだけど、ここも完全に枯れないと通れない。ほんと便利なんだょなぁ… 残念。

紅葉を堪能した一日。あと、けっこうおしゃべりも、トータル1時間くらい? 幾人かの地元ハイカーの方と話込んでもいた。

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金属伝承の古道

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_林道を詰める。真ん中、岩がゴロゴロしてるのは、先月の台風で削られた部分( 林道センター部が深くえぐられてしまった )。

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沢、深いところで30cmほど?

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沢を詰める。ここを進むのがオリジナルの正規ルート。

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尾根に乗りました。この687に至る北側ルートは、この尾根に乗るまでがつらい。古い峠越えの道で、修験道の道であり、また生活の道でも。_と_の集落の連路だったが現在は廃道に近い。

( _という、呼称にも表れているように、この山には古い坑跡がある。武田信玄由来の金鉱であり、少なくとも、およそ500年前から山人に歩かれていたようだ )

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不定期に整備されているようで、踏み跡もあるが、おそらく山仕事に従事されている方のもの。ここを歩くハイカーはまれ、まあ誰にも出会わない。

( この北側ルートは読図できないとまずい。特に下りは枝尾根に迷い込むととんでもないことに。もちろんこの一帯も、数は少ないようだが、KUMAいます )

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687。遠くに見えるのは都心部( そこまで戻ります )。晴天で紅葉も見ごろ、45分ほど大休憩していたが他には誰もいない。やはりマイナーなんでしょうねぇ、ほんと都内の低山は奥深い魅力に満ちているのですが。

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_峠( 旧_峠 )。

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帰路は南側の_林道で下山、一気に急降下。見事な紅葉、700m前後は今がピーク。今年は紅葉当りだと思います。まだヤブわさわさしてるんで、本格的な低山バリは紅葉が終わってからでしょうか。

しかし今期は寒い、今更ながら、前期は暖冬だったなぁと。寒さが応えるようになると、齢かなぁとか…Mmm 昨年11月は、都内近郊の低山もけっこうな積雪があったのですが、それでも里に降りると暖かかった記憶があります。

追記。北側ルートは古い歴史ある道としての原型を留めており、物語性もありおすすめですが、廃道化が進む、歩かれていないのにはわけが。アプローチに難があるんですよ。取り付きまでに、最寄のバス停からかなり距離があり、林道も荒れているため車でのアクセスも難しい。それでここまで入ってくるハイカーの方は、かなりの好事家に限られる。そのかわり静観派パスハンターにはうってつけの古道。

北北西のマイナールート

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_峠。

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超マイナー265ピーク。ここ、無茶苦茶気持ち良い!

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しかし急登( それで俯瞰的に、車体を立てているように見える。ちなみに黄色のヤッケは蜂よけ )。この、北北西方面は、地味に急峻なピークと峠が点在するようで、なかなか面白いです。

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265から低山バリ、古い連路を辿ります。おだやかな山道の…

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ヤブ!ヤブ!ヤブ! 空身で偵察してみたが無理! 危険! ルートは確かなはず、すでに廃道?

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一時撤退、再びルートファィンディング。真横に位置する支尾根が行けそう、踏み跡も明確、ここだけ見れば極上のトレイル、が…

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こちらもヤブ!ヤブ!ヤブ! やはり空身で偵察してみたが無理! 他にも道らしき踏み跡もあるが、なんか否な予感? 撤退決定。

( 麓の街道に抜ける古い峠道で、通じているはずなんだけど、11月頭、まだヤブが厳しい。完全に冬枯れてから再度トライでしょうか )

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午後、_林道に移動( 別のエリア )。

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さらにここ、いわゆる修験道の道、古道。たいていは涸れているようですが、明け方まで雨だったようでこのありさま( 23区内は降っていなかった )。

そして大休憩。もちろん他には誰もいない深山。今日はここまで、この後、一尾根越えて下山。蜂との遭遇なし、でもブヨが少し( ハッカ油で撃退。前期油断していてやられたので、今期は慎重 )。

265、ちょっとなめてた、簡単なルートだと思い込んでた… 読図にミスはないはずで、ここでいいはずが、もんのすごいヤブで足元が見えない、踏み跡は薄く獣道のよう。

低山と侮るなかれ…Hmm

実は、この200-300m圏が手強い。里に近いせいか仕事道が交差、侵入禁止と獣用の罠も多い、そして見通しが利かないジャングルのようなヤブ山がほとんど。そのかわり読図は鍛えられる。読図の面白さを身をもって( 嫌でも )知ることに。

冬山やらないんで、GPSなどのハイテク機器は不使用、紙の地図とコンパスオンリー( 昔、初期の携帯用GPSを使用してみたが、なにかピンとこなかった )。読図って面白い!

追記。都内の低山バリの魅力って、まず散策( 気軽に、なにも考えずボーっと )、そして今回のような読図( 道なき道を、いわば自力で進む )、それが、そこそこ深山感覚で楽しめる点じゃないかと思うんですよ。

麓の集落に隣接するけれど、観光地でもなんでもないんで、まあ誰にも出会わないし、却ってありのままの自然も残されている。自然ってグロテスクですよ。そこも含めてカタルシスが発生し得るんですよねぇ。

源流への…

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晴の予報が… 今にも雨が降りそうな空模様… しかし薄日がさすことも。とりあえず_林道を詰める。一見難所、でも全体的にマイルドなルート。

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南の標高200m圏でこれを見るということは、数は少ないとしても、もうどこにいてもおかしくないでしょう。

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奥の方、やや霞んでいるが、真ん中にスカイツリー。

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_峠。わりと南側の300m-400m圏、紅葉はまだまだ? もう少し進んでいるかと期待していたのですが( マイナールートでは山ウルシの紅葉が目立ちました )。

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自転車、すぐ右側が_川源流地点。

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岩の隙間から滲み出るような、これが_川の源( 二級水系 )。

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帰路。レストエリア。この一帯は管轄の関係か地図上にない、しかもアプローチがややこしく、そのためかほとんど知られていない穴場。トイレ水道完備だが、この日も他に誰もいない。

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早目の下山なんで、飛行場に寄り道。プロペラ機なごみます( これはターボプロップのドルニエ228だが、レシプロの方が好き )。

今回もウォームアップと偵察を兼ね、200m-300m圏を逍遥。下山すると晴れたという、ありがちなパターン。蜂との遭遇はなし。昨年より気温が低いようで、隠れるの早い?

山の紅葉はこれからですが、秋が短いっうか、夏から突然晩秋に入ったような? 秋口特有の、なんとも穏やかな山行があまり楽しめていません。とにかくなんか、晴れても肌寒いんです。

ちなみにレストエリアの温度計は16度( 13時くらい、標高200m前後 )。意外だったのは、この一帯は先日の台風の影響はさほどなかったようで、特に感じられなかった点。

文学散歩の峠

_林道で沢を詰め、_峠に、そして733を経由して下山。今回もウォームアップと偵察。

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ほぼ真正面の稜線、あの上に_峠が。

この沢筋は、実は、たとえば中里介山に高畑棟材、そして菅沼達太郎と、大正-昭和の文人が逍遥した場でもあります。

ですんで、そのような古典的著書を読まれた方には、ちよっとした文学散歩も楽しめるのではないでしょうか。

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当時とトレイル( 路面 )の状態は異なるかもしれないが、ルート( 道筋 )そのものと周囲の景観はさほど変化していないはず。

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コクマザサの中の尾根道。前回、わりと南面の偵察、今回は少し北寄り、やはり紅葉はもう少し先のよう。それともう水は引いてますが、トレイルはまだ荒れてます。

KGSの水量もまだ多く、どうどうと流れ、激流! これがあの! みたいな、普段の穏やかな姿を見慣れているだけに、なんだか別の沢みたい。この日は結構暑く、おそらく20度近い。でも蜂との遭遇はなし、完全に隠れた?

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手前右上、黄に紅葉した葉が確認できるでしょう。わーキレイ! なんだけど… ウルシ科なんで要注意。とはいえ山ウルシの紅葉は、暗い植林帯に華を添えるような艶やかさがありますね。

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_峠。しかし… なんか担ぎの調子が今一つしっくりこない、感にぶった?

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733、ベンチ新しくなってました。ヤブで展望はなんとも… ここは完全に冬枯れてからがおすすめ。

700m越えですが、今期二回目のパスハンのため、厳しいルートは避け、おとなしく下山。

この時期、15時くらいに下山し、逍遥しつつ戻ると、ちょうど日没くらいに23区内に入れます。

2017シーズンイン

超大型台風が去り、いよいよ秋本番、今期パスハンティグのシーズンがスタート。

偵察を兼ねてHKG林道に、ウォームアップと蜂の様子を探るのが主な目的。気温15度前後( 体感20度はないなぁ、都心部は日中20度前後だった模様 )、天候は曇り。

都内の低山は、紅葉は少し先なのと、まだヤブヤブしてるんで、低山バリも少し先。とにかく様子見。

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で、これ。沢ではなく… 道の様子。

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まるで川… HKG林道ほぼ半分がこんな感じ。至る所から水がでて、それで道が覆われている。夏用のサイクリングタイヤままのため、とにかく滑る、流される。しかたなく押します( ゲートの先は乗れました )。

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正面は670付近。ちらほらと紅葉( 尾根の位置による差も激しいようです )。昨年より、紅葉そのものは良好かも?

しかしまあ、もんのすごい水。ハイカーの方と情報交換したのですが、メインはともかく、支尾根のマイナールートはどこもかしこも川状態とのこと。

( 一部、閉鎖されたルートもあるようだ。麓ではアスファルトが陥没している箇所も。笑ったのは、変なとこから? 突然現れた女性二人のパーティ。え! ここきたの…という… なんでもルートが水で流されたとのことで、半ば強引に崖をよじ登ってきたようだ。女子パワー恐るべし )

帰路は、おとなしくTAH林道で下山( HKGを戻るのは避けたかった、そのくらい酷いコンディションだった )。

肝心の蜂は、全く出会わず。わりと気温が低いのと、台風の影響で完全に隠れたのかも?

( 昨年は気温が高く、10月末の700m圏で何回か遭遇している。蜂は気温20度が目安のようです )

それと、ちょっと体力の衰えを痛感、しばらくはトレーニングも兼ねて500m圏あたりをうろつくつもり。

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秋口はこんな感じ。基本、化繊とウール。ツイードのハンチングに、速乾性の山シャツ、ハンティングジャケット、ウールのニッカ、ソックスはウール混で薄手、それとアスコットスカーフ( マスク兼用 )。もちろんベースレイヤーとの組み合わせ。

まあ古典的パスハンスタイルだけど、靴は高機能系、ソール硬めのライトハイク用( 低山に重登山靴はオーバークオリティ、あれは山道がいたむようだ )。

静観派の山行

自然への巡礼つづき。

そもそも日本的な山行ってなに? これは”静”であるとされています。

そこで静観、静観派という、簡単にいえば、アルピニズムとは対局的なスタイルを掲げる人々が現れる。

アルピニズム的スポーツ登山を動とすると、たとえば自然の中に在るのみで満足という菅沼達太郎のような山行は静観になるでしょう。

やはりピークハントにこだわらない柳田國男も静観、他にも低山徘徊の高畑棟材は著名( 大正-昭和に活躍した書家。高尾山系にまつわる随筆もある、もしも興味があればご一読を )。

この動と静観、どちらがいいではなく、個個の資質により別れると思うんです。

私にしても特に静観を目指したのではなく、結果的に静観派? 否、最初から静観だけど、意識にない、自ずと静なんだょなぁ… Hmm

実は祖父が民俗学を研究してたんです。私は祖父に育てられたので、その影響が濃い? んで、子供のころから道祖神とかに興味あったんですよ。

家には稲荷もあり( _稲荷は本家筋 )、あと神様の部屋というのもあった。なんで、わりと無意識に日本の神的なものに親しんでいた方かなぁと思うんです。

それがこの齢になっても、古道を辿り峠を越え… 古い祠にお辞儀とか… まあ地味、静観派の典型なんだけど、そこに祖父の影を観てしまう…Mmm

quiet observation

ところで信仰と登山にまつわる話は書籍を参照しています( エビデンスあり。そりゃそうですょ、生まれる前の出来事だもん )。

で、近代登山の広まりについて書かれた文献を漁っていると、一つの共通する事柄に気づきます。それは山行のスタイルに関して。

日本には四季がある、四季があるということは、過酷な自然だということ。そんな国内での山行には地域性がある( 山域と季節により )。もちろん登山者の資質も加味される。

すると、山域と季節を背景に( ローカルルールも含め )、登山者の数だけ( 個個に応じ )、様々なスタイルが発生。これが登山というような決まり事はない、決め得ない。

( たとえば大正期の登山家板倉勝宣は「各人の個性にふさわしい山の味わい方」があると哲学的な意味もふまえて書いている )

この、決まりはないという点が各文献で強調されており、では、なぜそんな当然のことが( もちろん山域と季節により自ずとスタイルが発生し得るが、それでも登山者の数だけスタイルもあるのではないだろうか? )語られるんだろぅ?

なんかスタイルを決めたがる層が( プロパガンダ? )登山の大衆化が広まるにつれ出て来たんじゃないかと、そのカウンターに語られた気がする。つまり( 視点を変えて見ると )近代合理主義への警戒じゃないかと思うんですよ。

静観について補足すると、動と静は一対。極端に切り離すものではないんです。動は実践、静は思索、そのバランス。そこに日本的な静の山行がある( 動と静を一対とする見方は、おらく陰陽五行思想の影響もあるのでしょう )。

アルピニズムの対局と説明したが、二元論じゃないんで、たとえば静観的アルピニストもいるだろうし、スポーツにも静観的な状況は起こり得ると思う。

いずれにしても、たとえば三昧( 個己を忘れるほど一心に物事に打ち込む状態。三昧≠大悟 )に至ることで自然との境界が曖昧になれば、それこそが静観的な状態。

( 信仰との断絶により近代登山は発展するが、現代の山行も突き詰めると、結局、自然にふれることで日本的霊性のようなものが自ずと芽生えるのでは? 信仰との決別に始まったようで、自然が拠り所の帰依というループでは? 信仰≠宗教 )