伊能図の謎( 中間尾根編 )

ある区間( エリアごとの、印-印までだろうか? )における道の描写はほぼ正確、しかし総体としては配置にズレが目立つ点を説明した。

( 問題となる高尾山エリアで特に興味深いのは、道筋=地形が合致する点なんです。それなりに複雑な地形の尾根筋、高低差もある、誤差はママあるとしても、その尾根筋にある山道と、伊能隊が描いた道筋との合致は偶然とは思えない )

そこで疑問は、道中と参道との位置-間隔にくるいがあるなら、当然、それを継ぐバイパスとなる間道の配置もまともなわけがない。

では、謎は、いかにつじつまを合わせたか? 適当に継いだ? そんなわけはないだろう。

なにかが、おかしい!

本参道の描写における、紆余曲折な山道での誤差が少ないというのは、ルート単体では、伊能隊の測量が正確であることの証となるだろう。

本参道の道筋( 地形に合致 )からも、間道の走る尾根の配置にズレはあるかもしれないが、その道筋( 地形をふまえた描写 )は正しいのでは?

間道の道筋も正確であるならば、描写はそのままに、それが合う位置に置いた( 違和感なく、当てはめた? )としか思えない( 作図時のエリアの継ぎ方に問題があるのでは? )。

本参道の描写がほぼ正しいだけに、てきとうに描いたとは思えない。が、近似値での妥協はあり得るのでは? その修正されたものが「伊能図」の高尾山ルートなのか?

やはり、配置にズレはあるとして、それぞれのルート単体では、それなりに正確に描かれているのではないだろうか?

再び「伊能図」のトレースを地理院地図に合わせてみる。ルート単体で地形から距離感を考えてみる。

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まず花見尾根ルートから。ポイントは甲州道中と高尾天満宮。蛇滝林道付近まではほぼ一致するが、実際に歩いた感覚では、厳密には、かなり怪しい。その先、トラバースとの出合は大きく外れてる、距離感も無茶苦茶。つまり一致するのは高尾天満宮付近のみ。

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次に伊能尾根( 仮 )ルートに合わせてみる。ポイントは荒井-駒木野の一里塚と金比羅社。すると、尾根筋は合致、トラバースとの出合いもほぼ正確、距離感にも無理がない。しかし配置は、出合が北東に大きくズレる。

この出合のズレ、角度のくるいさえなければ、伊能尾根( 仮 )ルートは気味が悪いほどに合致する。これはなにを意味するのだろう?

( 読図山行をされている方はわかると思うが、尾根筋の地形は偶然合うようなものではない )

そしてもう一つの疑問が、では、総体として、それなりに誤差がある場合、中央値はどうなのか?

誤差前提で中央値と思われる尾根筋を合わせてみる。この時、一応、追分町交差点にポイントを置く。

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すると花見尾根と伊能尾根( 仮 )との中間の尾根筋にルートが重なる、具体的には梅郷橋からストレートに伸びる尾根道( ただ、幕末にはこの梅郷橋はなかったと思われる )。しかしまあ距離感と地形ともに怪しい。

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こちらは、真逆に考え、「伊能図」の世界が正しいとして、現実の世界を「伊能図」に合わせてみた。ちと強引だが補正。道中との出合は、梅郷橋とほぼ一致。やはり中間の尾根筋にルートが重なる。

( 追分町交差点をポイントに、甲州道中と本参道の配置を「伊能図」のとおりに。トレース線はオリジナルまま。南西に伸びる線は大久保長安ライン、縦線は磁北線。ともに二重線なのは、それだけズラして合わせたということ )

では出かけよう、第三の尾根を確かめるために( 実は… 昔取り付いたことが、その時は途中で撤退、道が通じているとは思えなかった )。

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第三の尾根、仮に中間尾根とする。高尾天満宮からその中間尾根を望む。真正面( 東 )の茂み、黒い森が中間尾根。その向う、微かに見切れるのは伊能尾根( 仮 )。

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梅郷橋から南につづく、わりと明確な踏み跡を辿る。

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けっこうな急登、撮影は目線。地形図ではマイルドな印象を受けるかもしれないが、実際は両側崖の痩せ尾根。そしてこれが、ドライなのだが滑る! とにかくズルズルなんだ。

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急登を見下ろす。ここは、下るのは嫌だなぁ… それで以前は撤退、慣例的に踏まれている尾根筋とは思えなかった。そこは今回も同じ、山仕事はともかく、普通? これ登るかぁ?

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やがてのどかな尾根筋となり、これがつづくと思いきや…

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ヤブ!ヤブ!ヤブ! そう、痩せ尾根のヤブ尾根! 冬枯れの1月でこれ…Hmm 撤退か!? 否、あとわずかな距離で尾根上の肩に出るはず。あの手この手でヤブを突破。

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するとここ、古いトラバース道に出合う( 御料林時代の名残 )。正面、ストックの立て掛けてある方向が尾根筋。このトラバース道を東に進むと伊能尾根( 仮 )との辻に出る。伊能尾根( 仮 )までの距離は10mもないだろうか。

( 地形図に重ねたトレース線は、この手前あたりで西に位置する花見尾根方向に向かうが、尾根筋を外れると険しい崖、無理。あえてトラバースで隣の尾根に乗り換える理由が見当たらない )

この尾根は金比羅台から北に伸びるV字型の双子のような枝尾根で、一方の東側は伊能尾根( 仮 )、もう一方の西側はこの中間尾根。つまり詰めると伊能尾根( 仮 )と同位置に出る。

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そして当然、ここ( 以前にも紹介 )、金比羅台の手前で伊能尾根( 仮 )ルートと合わさる。お茶の時間、地図を広げて考察タイム。

今回、伊能隊にまつわる疑惑ルートを詰めてみて、この中間尾根が最もマイナーな印象を受けた。やはりこのルートはないなぁ。

山里に接する里山特有の、なんっうか、生活の残滓のようなものが感じられない。直感、ここは違うぞと強く感じてしまう。

( 近世の古道を詰めていると、もちろん200年前とは大きく変わっているのだろうが、それでもなにかしらの形跡を発見というか、たとえ微かでも、感じ取れるものが。それがこの尾根筋にはなかった )

誤差前提の中央値としてはここでも、説明したように、伊能尾根( 仮 )とは双子関係。下りでは同一地点からのスタートに近い、であれば、やはり伊能尾根( 仮 )を選択するのが自然では?

( いずれの尾根もマイナーだが、古い地図には道筋が描かれているように、この中間尾根よりは進みやすい、ルートが明確なんです )

バイアスに再考。伊能尾根( 仮 )の甲州道中側の基点には一里塚が、古い地図にはその位置に橋もある。また古い地図では伊能尾根( 仮 )に道筋も描かれている。

( ただ、橋と山道ともに開設時期は不明。また、その道筋に沿うように宮標石「界」が置かれているが、これは時代が異なるので参考として )

「伊能図」にある伊能隊ルート、その角度の差異( 配置 )を無視するのであれば、伊能尾根( 仮 )ルートは地形と距離感がほぼ合致する。

逆に、伊能尾根( 仮 )ルート説に無理がある点は、その角度の差異による甲州道中との出合が大きくズレるという一点だ。

ところで距離に関しては、実は記録が残されている。薬王院-甲州道中の出合まで22丁20間2尺=2km436mと60.6cm( 伊能忠敬の測地尺は一尺=30.3cm )。

では、その約2.45kmという総距離で考える。薬王院-金比羅園地分岐まで守屋二郎測量では約1.9km。残( 間道の値は )、約550m。

( 金比羅台方面に的を絞る。「伊能図」と現代の地形図との比較から、浄土院側ルートは考えづらいという結論に達した。ただ、あの「佛寺」記号は浄土院だと思う )

花見尾根ルート、出合まで約500m、トータル約2.4km。近似値だが、そもそも「伊能図」との比較では地形が無茶苦茶にズレるんで現在の道筋で測った。つまりこの約500mは「伊能図」に描かれている道筋ではない。

伊能尾根( 仮 )ルート、出合まで約650m、トータル約2.55km。約100mもの誤差が、しかし「伊能図」との比較では地形が合致。つまり「伊能図」に描かれている道筋に合致する。

ただ、これも本参道からして200年前とは微妙に変化、間道となる尾根筋の地形も変化してるんで、なんとも。おおまかな目安でしかない、決め手に欠ける。ほんと、どっちもどっちも…Hmm つづく。

( たとえばルートが尾根筋を外れていて100mの誤差であれば、ダメじゃん! となるが、ルート合致での100mなので、道そのものの変化によるものか、測量時の誤差か、ようわからん! )

補足。道路に山頂、そして目印の出合と、いずれかに辻褄を合わせようとすると、その勘合部での100m前後の誤差がネックに。その落とし所が今回紹介した中間尾根だが、説明したように、実際に歩いてみて、最もリアリティが感じられない山行となった。

別の話。実は、七曲で取り付き、途中、トラバースで西の尾根に移り、またトラバースで西の伊能尾根( 仮 )に、さらにトラバースでこの中間尾根( 仮 )に、そして下山という古いルートが。

それはまるで巡視経路と仕事道とを継ぎ合わせたかのような不思議なルートで( ピークには向かわないし、散策路としては険しい )、その名残が、この梅郷橋につづく踏み跡ではないだろうか。

この不思議なルートに関しては、却って話がややこしくなるんで、今回の件ともあまり関係ないんで、割愛した。

その1: 伊能忠敬の高尾山ルート( 前編 )
その2: 伊能忠敬の高尾山ルート( 中編 )
その3: 伊能忠敬の高尾山ルート( 後編 )
その4: 伊能忠敬の高尾山ルート( 地図編 )
その5: 大久保長安と「伊能図」の誤差
その7: デジタル伊能図の高尾山
その8: 古道のパスハンター
その9: 古道の甲州道中( 実測編 )
その10: 完全版( 伊能図の高尾山 )前編
その11: 完全版( 伊能図の高尾山 )後編
その12: 伊能図の謎を歩く( 最終章 )
その13: 伊能図外伝( 文化8年5月5日/ 1811年6月25日 )